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Champagne SALON シャンパーニュ サロン

100年の間に30数ヴィンテージのみ
 
孤高の存在を貫くシャンパーニュメゾン
 
サロンは数多あるシャンパン・メゾンにあって、孤高の存在である。クリュや品種のアッサンブラージュが原則の世界にあって、単一クリュ、単一品種、単一ヴィンテージのシャンパンのみを生み出し続けてきた。すべての条件が揃った類い稀なる年にのみリリースされるため、これまで世に出たのは一世紀の間に30数ヴィンテージに過ぎない。
サロンを創業したのはウジェーヌ・エメ・サロン。毛皮商であった彼は、シャンパンに惚れ込むあまり、自らの手でシャンパンを造ることを決意。しかも、至高のシャンパンを目指すため、コート・デ・ブランのグラン・クリュ、ル・メニル・シュール・オジェ村のシャルドネのみを用い、単一収穫年のミレジメとした。
ウジェーヌ・エメが生みだしたこのシャンパンこそ、ブラン・ド・ブランの嚆矢である。初ヴィンテージは1911年とされているが、はっきりとしたことはわからず、それ以前の可能性も高い。
もともと商品化が前提ではなく、自家消費と仲の良い友人にふるまうために造り出したので、不明な部分が多いのだ。
では彼のシャンパンが世に広まったのはなぜか。
ウジェーヌ・エメからシャンパンを飲ませてもらった友人たちの間で評判が評判を呼び、やがてこれがマキシム・ド・パリのハウス・シャンパンに取り上げられたからだ。
当時のマキシムは社交界の中心であり、世界中から最も舌の肥えた人々が集まっていた。そうした紳士淑女に認められ、ウジェーヌ・エメ・サロンのシャンパンはコニサーの間で語られる存在になったのである。
それにしてもなぜ、彼はメニルのシャルドネにこだわったのだろう。
現在、サロンとその姉妹メゾンであるドゥラモットの社長を務めるディディエ・ドゥポンは、「当時からメニルのシャルドネは別格と見なされていたから」という。今日、サロンはウジェーヌ・エメ自身が購入した1haの畑のほか、契約農家が所有する19の区画、合わせて15haの畑からシャンパンを生み出している。
これらの区画はすべてメニルの東向き斜面の中腹に位置し、陽当たりに優れ、水はけがよい。またメニルの大きな特徴として表土が浅く、ブドウの根はすぐチョーク層の岩盤に辿り着くため、きわめてミネラルの強いベースワインを生み出す。
しかし、このミネラルたっぷりのシャルドネは長期間の瓶内熟成を経ることで、他のいかなるシャンパンでも再現不可能な、エレガントかつパワフル、複雑にして生き生きとした、奥深い風味がもたらすのだ。したがって、サロンは最低でも10年の瓶熟成を経てようやく出荷される。また、デゴルジュマン(澱抜き)が行われた後もさらなる熟成は可能であり、気泡こそ弱くなるものの、ヘーゼルナッツやモカなどの香ばしいフレーバーを纏う。このようなフレーバーに出会うと、一瞬、サロンはオーク樽でベースワインの醸造を行っていただろうかと考え込むほどだが、サロンは今日、すべてステンレスタンク醸造である。マロラクティック発酵は恣意的に行わず、デゴルジュマン時のドザージュ(糖分調整)は5g/Lと非常に少ない。
サロンは、他のブランドのプレステージ・キュヴェのように華やかな場の添え物にすべきではない。望むなら最高にガストロノミックな席において食後のメディテーションに、一杯をゆっくり、やや高めの温度で味わいたいものだ。〜正規インポーター資料より!
 

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