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オーナーシェフ 濱田一郎

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お菓子の工房 オペラ オーナーシェフ
濱田一郎

昭和37年福岡県生まれ。
子供の頃は、とにかく外で遊んでいました。当時は当然テレビゲームも無い時代で、
学校が終わったら野球をやったりしていました。中学生ぐらいの頃には、友人と
バンド(ギター)をやったり音楽も好きでした。

両親は、今で言えばコンビニ(当時はコンビニも無かった)のような、食料品や
雑貨、日用品まで扱うお店をしていました。小さな頃から、それを見たり手伝ったり
していましたので、そういう商売の血筋を引いてるのかもしれません。

高校を卒業する時、「何かモノを作る仕事」がいいと考え、パティシエの世界に
入りました。それからずっとお菓子屋です。
24歳の時にどうしてもフランスのお菓子が見たくて、単身でバックパック一つ
背負ってフランスに行きました。



パリにある「ア・ラ・プティ・ショコラティエ」
というお店に10ヵ月間くらいいました。そこはショコラティエと言ってもあまり
ショコラは無かったのですが。



フランスから帰国して、今度は石村萬盛堂さんの「ボン・サンク」に入社しました。
そこでは、製造と兼務で商品開発もさせていただきました。
それから1998年、36歳の時に独立「オペラ」をオープンしました。
18歳でこの世界に入って、36歳で独立なので18年間、いろいろな規模や分野の
職場を経験し、全てのことを学ぶことができたと思います。



独立については、できるだけ地元でやりたいと考えていました。いろいろな物件を
見ていたのですが、自分の本当の地元ではなかなか合う物件がなく、車でたまたま
前を通りがかった時に見かけたのが、今の本店の場所です。
ですから、場所については特にリサーチもせず、インスピレーションで決めた
ようなものです。



店名を「オペラ」にしたのは、フランスに行った際に現地で最初に食べたお菓子で
すごい衝撃を受けたお菓子がオペラだったからです。その時から自分が将来お店を
オープンする時には、このお菓子の名前を店名にしたい、と考えていたんです。
OPERA d’opera

オープンしたばかりのオペラは、私を含めてパートさんとアルバイトさん、
全員で4名、パティシエは私1人の本当にゆっくりしたお店でした。
一度オープンしたらだいたい10年くらいしてリニューアルするのが一般的なのですが、
実は思うところがあって2年目でリニューアルすることにしました。
その際には、福岡中のお菓子屋さん、諸先輩の方々から助けていただいて、
無事リニューアルを成功させることができ、そこから徐々にお客様が増えてきました。
その2年目のリニューアルの時に、発売したのが「濱田シュー」と「純生ロール」です。

「濱田シュー」は、出来立てでボリュームがあって、ご注文をいただいてから、
お客様の目の前でひとつひとつクリームを詰めて、1個100円という商品です。
まずこれが、テレビなどで取り上げていただくようになり、広がっていきました。
『濱田シュー・ストーリー』

もう1つが「純生ロール」です。その当時は、ロールケーキと言えば、
クリームやフルーツをたっぷり飾ったようなものが多かったのですが、
手土産にもなるようなロールケーキを、と考え「純生ロール」を発売しました。
『純生ロール・ストーリー』

そして、2008年秋頃から試作を繰り返し完成したのが「濱田リング
(焼ドーナツ)」です。元々、ドーナツが好きで、洋菓子店でどうにかドーナツが
できないものか、と考えていました。素材に洋菓子の材料を使って、新しく作った
オーブン用の型で(オーブンで)焼き上げるドーナツを、2009年2月に発売しました。
今では全国のお菓子屋さんで作られるようになりました。
『濱田リング・ストーリー』

2009年11月には、同じ東区に2店舗目となる「オペラ・松崎店」をオープンしました。
これからもお客様のことを第一に考え、オペラらしい商品をいろいろ作っていきたいと
考えています。

 
『イチローくんのお気に入り』(ブログ)
 

 

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